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執筆者の写真黒子 花

『アラクネさんちのヒモ男』6話目

更新日:2023年10月2日




 ウブメ大発生討伐の翌日は、冒険者ギルドの周りに屋台が出て、ギルドの奢りで冒険者たちは酒を飲んでいた。

 ウブメはすべて討伐されたらしい。山には血の臭いが漂っているため、罠が張り巡らされ、新たな魔物を避けている。


「コタロー、温泉に行こう」

 アラクネさんは早く汚れを落としたいらしい。ラミアたちも酒より、汗を流したいとついてきた。

 徹夜明けの冒険者たちは疲労も溜まってふらふらしているので、ゆっくり山へ向かう。


「皆さん、酒はいいんですか?」

「今、酒で酔っぱらっている奴らは、ウブメを忘れたいからさ」

 ラミアが語った。

「それほど凄惨な現場だったんですか?」

「血生臭い現場だったことは確かだ。それよりも戦闘力とかで差が出たのだ」

 エキドナは、溜息を吐いていた。


「人間の冒険者がそんな非道なことをしましたか?」

「いや、そう言うことじゃなくて、戦闘そのものというか、体力の配分を考えていないというか……」

「あー、つまり、途中でへばってしまったんですかね?」

「後半は使い物にならなかったな。最初の威勢だけはよかったんだけど、引くところで引けないから怪我をする。相手の攻撃がわからないのに突っ込んでいくから、アラクネが糸で引っ張ってやっていた」

 リザードマンは呆れていた。


「最後の方は結局私たちが全部やった。死体も焼かないと、また魔物が現れるというのに、怪我をした、体力が底を尽きた、動けない。せいぜい使えたのは最期まで立っていた魔法使い一人くらいだったね」

 エキドナが認めているのは一人だけか。


「アラクネさんもそう思う?」

「うん。というか、私たちの武器も知られてなかったから。ここから先は蛇族の領分だとか、私の糸が張ってあるから森まで追わなくてもいい、っていうことがわかってなかったんだと思う」

「コミュニケーション不足ということですか」

「そうだね」

「いや、実力不足もかなりあるぞ。コタローはなんで冒険者にならない。コタローの方がよほど動けているよ」

 エキドナが迫ってきた。

「いや、俺は武器を扱えませんから」

「だったら、私が教えてやる。次、こういうことがあったら、こちらの負担が大きすぎる。間に入ってちょっと戦術を伝えてやってくれないか」

「それは、俺の仕事というか冒険者ギルドの仕事でしょう」

「ギルドは見ているだけで、現場では動けないからな」


 そんな会話をしながら、温泉まで連れていく。


「鎧も下着も置いといてください。俺が支流で洗っておきますから」

「悪いな」


 チャポン。


 温泉に浸かっている音を聞いて、俺は脱衣所の鎧や下着の入った籠を持って、支流へ向かった。


 鎧は血がべっとりついて汚れていたが、内側には全くない。返り血だけのきれいな鎧だ。さすがに得物までは洗えないが、下着も洗って干しておく。風もあるのですぐに乾くだろう。


 リザードマンが一番先に出てきた。


「これは血行促進にはいいな。療治の湯だ。すまぬが、これを背中の傷に塗ってくれるか」

「はい」


 リザードマンの背中には大きな古傷があり、赤く腫れていた。


「興奮したり暖まりすぎると開いちまってな。背中の傷は剣士の恥と言われているが、囲まれちまうと、手が二本じゃどうにも防げないことがあるものよ」


 リザードマンは恥じていたが、傷ができた当初は死の淵を彷徨ったんじゃないか。


「仕事でついた傷なら、労災です。治療費は依頼人から貰った方がいいですよ」

「生きてたら貰ったんだがなぁ」


 リザードマンは笑っていた。


「あら、男同士で仲いいこと。今日は誰のベッドで寝るのか決めてるのかい?」

「養生の日なのに出すか。コタローが全員相手してやるってよ」

「いや、そんなこと言ってないじゃないですか」

「近くに休めるところはないか?」

 ラミアが聞いてきた。

「え? 本当にするんですか?」

「そうじゃない。ケガをしていないとはいえ、疲労が溜まってる。どこかで休みたいだけさ」

「だったら、うちに来るといい。ベッドはないが毛皮がたくさんあるから」


 結局、魔物の冒険者たちを引きつれて家へと帰った。


「今日は、そんなに食べないから、薄い塩と細切れの肉を入れたスープを作ってくれない?」

「わかった」


 おそらく消化しやすい物を食べたいのだろう。冒険者たちが寝床を作っている間に俺はスープを作り、暖炉の側に置いておいた。腹が減ったら食べるだろう。


 程なく鼾が聞こえてきた。


 俺は一人、外に出て薪わりをしていた。パンはあるし、干し肉だって大量にある。食うには困らない。


「戦闘に対する考え方の違いか……」


 魔物には領分という考え方がある。あちらには手を出さないでも大丈夫、なぜなら誰かの罠が仕掛けてあるから、という暗黙の了解がある。魔物界隈のハイコンテクスト文化というのか。


 きっと人間たちには認知されていないことが多いのだろう。

 仕事終わりについての考え方も違う。魔物たちは自分の疲労の度合いを知っているから、肉体の修復に時間を使っている。


 人間たちは……、精神的に疲労が溜まる現場だったので、それを解消しようと酒を飲んで忘れる。


 どちらにも正しさはあるが、復帰が早いのは魔物だ。逆に、魔物は精神的な疲労をどうやって解消するのか。後を引くのは魔物か。

酒、食、性に関するあれこれ、音楽、お笑い、スポーツ、何でもいいが、精神的疲労を取るならポジティブなことをすることだ。


薪割りもほどほどに、俺は鍛冶屋のドワーフを訪ねた。


「なんだ? なんか用か?」

「祝いや祭りの時にやる行事で、こちらの世界で有名なものって何かありますか?」

「藪から棒だな。誰かの誕生日か何かか?」

「いや、ウブメの討伐に行った冒険者たちが、肉体の修復には時間を使っているみたいなんだけど、酒を飲んだりしないようでして。俺はこの世界の人間じゃないから、もし人間のお祭りみたいなのがあれば、やってみたらどうかと思って」

「祝勝会みたいなのでよければ、酒樽を割ったりするけど……。まぁ、それはドワーフだけかもしれん」

「魔物はあんまり酒を飲まないらしくて……。動物はアルコールがダメだっていうじゃないですか」

「まぁ、そうか。パッと思いつかねぇな。ちょっとエルフにも聞いてみな。なんか作るんなら協力してやるよ。今回の件は、冒険者のお陰で町の安全が保てたんだからな」

「ありがとうございます!」


 俺はエルフの薬屋へ向かった。


「今日はどうした? 回復薬でも買っていくかい?」

 エルフの婆さんにも祭りでやるものを聞いてみる。


「だったらくす玉かなぁ」

「くす玉って、紙吹雪が吐いているようなものですか?」

「いやぁ、お菓子が入っているやつさ」


 俺は前の世界であったメキシコのお祭りを思い出した。



 すぐに町の雑貨屋に行き、材料を買い込む。

 竹ひごで形を作り、余っている布や色付きの紙でくす玉を作り、中に屋台で買った飴玉やクッキーの袋を入れた。チョコレートがないのが残念だ。そう言えばコーヒーもない。意外にもグミに似たお菓子はある。異世界に来て、地球の甘味は発展していることを知った。


 あまり甘味に興味がないのか魔物たちは、なかなか買わないようだ。アラクネさんと暮らしていると、それほど味覚が違うとは思えないので、食べてくれると嬉しい。



 くす玉はノリでくっつけて、棒で割るようにした。紐を引くだけじゃエンターテイメント性がない。


 そのまま家に戻って、木の枝に引っかけてセット。


「あら? コタロー、それはなに?」


 ちょうどよくアラクネさんが起きてきて、俺を探しに外に出てきた。


「人間のお祝い行事だよ。休めた?」

「ええ。もう身体も回復して、すっかり動けるようになったわ。それで、それは何をするもの?」

「木の棒で叩いて割ると、中から美味しくて甘いものが出てくるんだけど、甘いの苦手だったかな?」

「そんなことないわ。甘い果物は好きよ」

「お菓子は?」

「あんまり食べたことがないけれど……。屋台で売っているやつよね?」

「そう。せっかくだから皆が起きたら、やってみない? 一人で割るんだけど、順番に叩いてみる感じで」

「いいね」

「きっと甘いものだけだと、苦いお茶が欲しくなるからお茶を用意しておこう」

「……そうね。コタローは、なんでもお見通しなのね」

「なんにも見通せてないよ。気持ちが少しわかるだけで……」


 アラクネさんに答えながら、見通しが利かない今の状況がもどかしく感じた。せめて市場の情報を受け取れる場所にいれば……。前の世界でトレーダーをしていた血が騒いでいるのかもしれない。

 せっかく転生したのに、自分の好きなことができていないんじゃないか。

 環境に合わせて生活していたのでは、前の世界と変わらない。


「どうかした?」

「いや……、ちょっとぼーっと考え事をしていただけ。さ、お湯を沸かそう」


 お湯を沸かしている間に、エキドナやリザードマンたちが起きてきた。


「なに? なにをやるの?」

「人間流のお祝いだって。棒で叩くらしいよ」

 アラクネさんがエキドナに説明していた。


「なにか出てくるのか?」

「それは出て来てからのお楽しみ。あんまり剣技とか使わないでね」

 リザードマンの質問には俺が答えておいた。


 皆、起きてきてお茶の準備も整ったところで、ウブメ討伐祝いを始める。


「今回は皆さま、お疲れさまでした。皆さまのお陰で町は助かりました。ささやかですが、これで少しでも気持ちが晴れてくれればと思って、くす玉を作ってみました。順番に棒で叩いてみてください」

「よーし! じゃあ、順番に……」

「戦闘力がない奴から叩いていいよ」


 余裕の表情でエキドナが言っていた。


「なにおう! 俺か……」

 意外にもリザードマンが一番弱いのか。


「じゃ、いくぞ」


 バスンッ!


 振り上げた棒が腐っていて、折れてしまった。一応竹ひごで補強はしているが、案外割れない。


「じゃ、次は私か」

 ラミアがその辺に落ちていた枝で叩いた。


 ブスッ!


 くす玉に突き刺さった。引き抜くと飴玉が落ちてくる。

きれいに洗ってから「どうぞ」と渡すと、「臭い玉?」と聞いてきた。


「いや、飴玉です。甘いお菓子です。見たことないですか?」

「へぇ、ない。甘いの?」

 ラミアが飴を口に放り込むと、目と鼻を大きく広げていた。


「甘いね! うわっ! すごい!」

「噛まずに舐めながら甘さを楽しんでください。甘すぎたら、お茶を飲んで」

「こんな甘いんだ!」

「それ。広場の屋台で売っているやつでしょ! 食べてみたいとは思ってたけど、そんなに甘いんだ。よーし!」


 次はエキドナが枝を拾って、くす玉を叩いた。


 ボスンッ! バラバラバラ……。


「たくさん落ちてきた。クッキーの袋まである!」

「クッキーは知ってるんですか?」

「携帯食でしょ? それくらいは知っているよ」

 おそらくエキドナが知っているのは、カロリーバーのような携帯食のことだろう。

 袋を開けて、一口食べたら、表情が変わった。


「こんな甘かったの? 確かにこれなら狩りに持って行きたくなるわ」

「お茶にも合いますよ」

「そうなの」

 エキドナがクッキーとお茶を試すと、「これは落ち着くわね」と切り株に座り込んでいた。


「コタロー、何を食べさせたんだ? エキドナがあんな風に落ち着くことなんてないんだぞ」

「ティータイムってやつです。甘いものを食べて、血糖値が上がっているんです。集中したいときなんかに食べるといいですよ」

「これ、作戦を練る時にこれがあるといいじゃない?」

「そうですね」


 エキドナは「人間が戦術を何度も変えられる理由がわかった」と納得していた。


「最後は私か」

 アラクネさんが実は一番強いのか。


「割っちゃってください」

「いいの?」

「中身は皆で分けましょう」

 何も食べていないリザードマンがかわいそうだ。

「そうね」


 ポコンッ!


 くす玉が割れて、地面に落ちてしまった。中身がすっかり見えている。


「わぁ~!」


 俺が拍手していると、つられて皆拍手していた。


「さて、皆で一緒に食べましょう。甘いのが苦手なら、お茶を飲みながら試してみてください」


 皆でお茶会が始まった。やっぱり魔物はお菓子をあまり食べないらしく「こんなに甘さが持続する食べ物があるんだな」と驚いていた。


「酒より、こっちの方がいいじゃないか。なんで人間の冒険者たちは……」

「いやぁ、お菓子もいいけど、酒には酒の良さがある。忘れたいことが多い時なんかは酒に限るよ」

 リザードマンは酒飲みのようだ。


「じゃあ、お前さんはいらないね」

「そうは言ってない。美味いものは美味い。俺は両方好きだ」

 そう言って、飴玉を大量に抱えていた。


 皆笑いながら、お茶を飲んでいる姿を見ると、とても昨夜ウブメを大量に討伐していたようには見えない。少しは回復できていると嬉しい。


 日が暮れかけてきた頃、ラミアのパーティーは町に戻ると仕度を始めた。


「長居しすぎた。十分リカバリーできたよ。ありがとう」

 ラミアはお礼を言って、俺に握手をしてきた。

「お菓子もありがとうね。くす玉って、面白い文化ね」

 エキドナもそう言って、なぜか俺の頭を胸に押し付けてきた。


「魔物の文化で、また会おうっていう意味よ」

「違うよ。今夜、ベッドに来てくれって意味さ」

 エキドナの嘘をリザードマンがバラしていた。


「それじゃあ、またなぁ~」


 町までは一本道なので迷わないし、山賊も魔物もいない。

 安心して俺とアラクネさんは手を振って見送った。


「また、しばらく冒険者の仕事はないんだよね……」

「そうだよね。ラミアたちはどうするのかな?」

「日雇いの警備の仕事か、荷運びか。どちらにせよ、力仕事ばかりで武器が錆びるんじゃない?」

「そういうもんなの?」

「こればっかりは仕方ないのよ」


 アラクネさんは諦めているようだ。

 俺は余っていたクッキーをひと齧りして、再びお茶を淹れた。


「また、考え事?」

「そう。仕事をしたくても仕事がない人を遊ばせておくって、組織の営業不足だよ。人材の流動性が出きてしまっていて、技術職が育たないことにもなる」

「つまりどういうこと?」

「ギルドが仕事をできる機会を奪ってるってこと。それをどうにかしたいと思うのは普通じゃない? だから需要を考えてるんだ」

「それはわかるけど……。もしかしてマッチポンプを作るってこと?」

「それじゃあ、町の魅力にならないよ。結局バレると評判を落とすことになる。せっかく人と魔物が協力する町っていう売り文句がるのに」

「じゃあ、どうするの?」

「それを考えているんだけど、やっぱり市場の情報を読める形にしていくしかないんだよね」

「商人ギルドに行くの?」

「うん、それもしないとね。でも、商人ギルドに魔物って入ってないんじゃない?」

「確かにそうね」

「魔物だって、皆が皆、衛兵や冒険者になるわけじゃないし、商売をしないと町の生活費を稼げないでしょ?」

「屋台はあるけど……」

「店舗を持ってるのは?」

「私みたいに家を持っているのは珍しいかもね」

「ん~……、やっぱり町中を見て、市場の調査をするしかなさそうだ」


 そう言うと、アラクネさんはじっと俺の目をのぞき込んできた。


「ど、どうしたの?」

「いや。やっぱりコタローは、なにかを見通してるんじゃない?」

「なにかって?」

「先のこと」

「過去を悔やんでいても状況は変わらないからね。目は今しか見れないから、頭で見るのは先のことかも」


 外では梟が鳴いている。


 町にどんな業種があるのか書き出していたら、いつの間にかその日は眠ってしまった。


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