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執筆者の写真黒子 花

『墓守りの届け物』





 大陸を割るような南北に連なる長い山脈がある。英雄たちの霊廟は山脈の北部。山の中腹にあった。


 冬は凍てつく風が吹き荒れ、夏は鬱蒼とした緑が覆う霊廟には、一人の墓守りがいた。

 先代の墓守りの爺様に拾われたその青年は、霊廟の中で骸骨剣士と戦うのが日課だった。その骸骨戦士は英雄の骨で霊媒術によって魂まで蘇らせた本物で、戦いのイロハを学べるだけでなく、英雄たちの思いを鎮める鎮魂の意味合いもあった。戦に生きた者には鎮魂歌よりも、身体言語の方が通じると青年は先代から教えられていた。


これが墓守りの唯一の仕事と言っていい。


「全身を使うんだ」

「肉が邪魔しているぞ」

「ほら、魔法にも対応せねば、肉体を乗っ取られるぞ!」


 英雄たちは青年を鍛えることに余念がない。

死んで霊廟に祀られてはいるものの、現世に閉じ込められ、時ばかりが過ぎてゆく。

英霊たちにとっても青年を鍛え上げるというのは、唯一の楽しみでもあった。


「くそっ! 肉体が追い付かない!」


 青年の名をオリバーという。

つまり俺だ。


英雄たちは死んでいるっつーのに、死ぬほど強い。空間を切り裂いているような剣技に視界がすべて真っ赤に染まる火の魔法、当たれば貫通しているんじゃないかと思うような骨の拳。関節がぶっ壊れているから可動域を無視してくる。お陰で、せっかく作った革の鎧は丸焦げでいつもボロボロだ。

これ以上壊されたくないので、魔法を魔力の盾で防いで、木刀で切りかかる。


ボクッ!


気持ちのいい音が鳴るが、当たっているのは俺の頭だ。

 剣術を極めた勇者に、ほぼすべての魔法を修めたエキスパート、海を走り山を割った伝説の武道家、霊媒術で鬼のような訓練法を編み出し自ら骸骨剣士となって復活した先代。正直、山にいる魔物程度なら、俺だって倒せるがいつまでたっても多人数の英霊には勝てない。


「オリバー、休む時間だ。生者はしっかり山の恵みを食べて、ゆっくり眠ることだ」

 親代わりでもある先代に言われると、なぜか断れない。幻惑魔法でも使っているのか。

 身体は十分に大人だし、髭だって生えているというのに、自分で何も決められない状況に情けなさを感じる。

 時々、仕事という名の借りて、不毛な毎日を送っているだけじゃないのかと不安になることもある。

 いや、無理やりネガティブになることもない。この山で生きている者は俺一人だけだ。


「あ~、疲れた……」

 肩を回し、自分の身体に傾いているところはないか確認しながら、雪解けの冷たい水を浴びた。身体が冷えて、頭が冴えてくる。

 修行での反省は多い。


 死人に口なしなんてことわざがあるらしいが、あれは嘘だ。口は達者だし、身体は生きている者たちよりも圧倒的に動く。相手をしている俺が切り傷、打撲、火傷が絶えないのがその証拠だ。


 薬草を身体中に擦り込み、冷水に浸した布で全身を巻いていく。こうでもしないと明日動けない。


「おーい! オリバー!」

「なんですか!? 仕事はもう終わりですよ!」


 これ以上修行を付けられたら、休みが取れない。

 空は茜色に染まり、陽は山に隠れてしまっている。春だというのに夜は冷え込む。暖炉に火を入れないと凍えてしまうから、とっとと家に入りたかった。


 何かと思って、霊廟まで行ってみると、英霊たちが話しながらこちらを見て並んでいる。「そろそろだろう」「随分、地霊を待たせてしまった」「時間切れか」などと声が聞こえる。最終試験でもあるのだろうか。


「な、なんですか?」

「いやぁ、すまん。お前も今日で18を迎えた」

「まぁ、はい」

 そうか。誕生日というか、今日が拾われた日だったか。あまり気にしていなかった。


「だいたいのことは授けた。これを」

 先代が筒をこちらに放り投げた。

「なんです? 秘伝書ですか?」

「そんなところだが、中は見るな。いや、見れないはずだ。王の血を引く者を探せ」

「これを王に届ければいいんですか?」

「ん~、まぁ、そういうことだ。今は大陸中にダンジョンという古来の災厄が発生しているようなんだ。オリバー、お前にはその災厄をその書を開けた者と止めてもらいたい」

「はぁ。ん!? 旅に出ろっつーことですか?」

「そうだ」

「おおっ! え? いいの?」

「いいっつーことじゃ」

 先代は嬉しそうに笑った。


「でも、英霊たちの鎮魂の儀はいいんですか?」

「まぁ、迷ったり、何か困ったことがあったら戻ってこい。地霊から、ダンジョンの被害が広がっていることを知らされたのはかなり前だ。世の中も変わっているかもしれん」

「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」

「山麓の集落は残っているし、人類が滅びているということはないじゃろう。行ってこい!」

「わかりました。とりあえず、この筒に入った書を王に届ければいいってことですね?」

「そうじゃ。旅立て! 大志を抱け!」

「はい!」


 急に旅に出ろと言われても、準備もなく旅立てるわけもない。ただ、ぐずぐずしていると10年くらい修行させられかねないので、とっとと着替えと水袋、それに火打ち石だけ袋に詰めて、短刀だけ腰に差し、とっとと寝床の小屋から出た。


 生まれてから、ほとんどこの小屋で過ごしたことを思うと、鼻がツーンとしてきた。男は涙は見せぬものと教えられてきたが、どうしてもこのツーンというのだけは我慢ができない。


 踏み出せば下り坂なので、足が嫌でも進んでしまう。山麓の集落より先に行ったことがないので、足取りにも弾みがついていく。

 王都とはどんなところなのか、王はどんな人なのか、世界は広いのか、想像するだけで心が浮ついてしまう。零れた笑みを止められない。


 道中で猪を仕留め、集落で換金しよう。旅には路銀が必要というのは英霊たちから聞いていた。剣術の勇者は幼い頃、お金で苦労したらしい。


 コンッ!


 藪から突進してきた猪を拳ほどの石で仕留める。都合よく大振りのよく育ったのが獲れた。


 3軒の家が連なる集落に持って行くと、住んでいる皆やってきて大層喜んでくれた。


「山の恵みか!」

「ああ、路銀が欲しいんだけど交換してくれないか」

「路銀? 墓守りはどうするんだ?」

「実は英霊たちから王に届け物があるんで、俺は旅に出ないといけないんだ」


 旅人のような恰好をしているだろうか。


「そうか。配達かぁ」

「オリバーが旅ねぇ……」

 ミヨコおばさんは不安そうだ。

「俺も18だ。大丈夫だよう」

「大丈夫か? とりあえず、もう日が沈むから今日のところはうちに泊まっていきな」

「ありがとう」

 先代が生きていた頃は、何かと世話をしてくれた人で、気心が知れている。

「ああ、うちの用心棒も帰ってきた」


 振り返ると、鉄砲撃ちの旦那さんがウサギを狩って帰ってきたところだった。身の丈は俺よりも頭二つ分は大きいし、腕も丸太のように太い。なのに得物は飛び道具という不器用な人だ。


「あれ? 珍しい。オリバーじゃねぇか。大物を獲ってきたな」

「おやっさん、こいつを路銀に換えてくれないかい?」

「いくらかあるけど、オリバー、旅にでも出るのか?」

「そうなんだ。王に届け物をね」

 筒を見せると、おやっさんは「ほう」と驚いていた。


「あんまり外で、その筒を見せるなよ。盗もうとする奴なんてごまんといるんだからな」

 そんなに人がいるはずはないが……、そうか、大事なものだから王に見せるまでは隠していた方がいいんだな。


「わかった。思いもよらなかったよ。ありがとう」

「思いもよらないのはこっちの方だ。そうか……。オリバーが旅に出るかぁ」


 おやっさんはウサギを香草と一緒に軒先に吊るした。獣臭さを取るためだろう。


「もう一度、勝負してくれるか」

「勝負? 修行はもうやったけど?」


 何年か前に、俺はおやっさんを木刀で倒したことがある。おやっさんは気迫はあるのに、筋肉に頼るから威力が出ない。初速もバレてしまう。


「いいじゃねぇか。一本だけ、木刀で頼むよ」

「わかった。いいよ」


 集落には3軒だけしかないのに、広場はある。一応、祭りのときに近隣の村から大勢人がやってくるらしい。俺は祭りも見たことがない。


 木刀を受け取って、おやっさんと距離を取った。


「行くぞ」

「いつでも」


 英霊たちは開始の合図もなしに、斬撃を飛ばしてくるので始まりの合図があるだけ優しい。


 おやっさんは、わかりやすい斬撃を放ってきたが、殺気がこもっていない。本気でやっていないのか。


 カンッ!


 ちょっとだけ殺気を込めて、木刀を当てた。

 おやっさんは口元を引き締めて、一瞬身体が沈んだように見えた。


 右の薙いで来るのが見えた。踏み込むタイミングもいい。殺気が込められていないから、無駄な力がなく、腕が伸びてくるようだった。


 ただ、俺にとっては知っている攻撃だ。

 おやっさんよりも身を沈めて、木刀をかちあげる。


 カンッ!


 鋭い攻撃ほど、方向を変えやすい。

 俺はそのまま回転して、おやっさんのがら空きになった脇腹を狙った。ひきつる顔が見える。


 寸止めでぴたりと止めた。


木刀の先は揺れが一切ない。英霊たちとの修業ではちょっとでも力加減を間違えると、とんでもない攻撃が待ち構えていた。


「負けた」


 おやっさんは大きな尻を地面につけて空を見上げた。

 星が瞬き、いつの間にか夕日が沈んでいる。


「とうとう、勝てなかったな」

「悪いね。俺にはこれが仕事だったから」

「俺だって昔は……。いや、過去の話はよそう」


 ミヨコおばさんから聞いたことがある。おやっさんは昔、そこそこ有名な剣士で、国中を旅していたのだとか。この集落に辿り着いて、英霊の加護を身につけようと、この集落に住み着いたらしい。


「何が悪かったのかなぁ」

 ため息交じりにおやっさんが聞いてきた。

「一人でくるからだよ」

「だったら、私も参戦するんだったね」


 ミヨコおばさんも実は昔、魔法使いだったらしい。魔族の魔法学校に通っていて、トップを取ったこともあるのだとか。見たことはないけど、背中に小さな羽が生えていて、オレンジ色の肌をしている。魔族は大陸で最も魔法が得意な種族だそうだ。


「詠唱を唱える隙もねぇさ」

 諦めたようにおやっさんは立ち上がり、「飯にしよう」と俺が採った猪を捌き始めた。

 他の集落の人たちは、俺が旅に出るというと「僧侶の服がいいんじゃないか」とか「ちゃんとした鞄をもっていけ」とか言って、いろいろ世話をしてくれる。

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